会員の方からのメール

2018/11/4 日曜日

Filed under: 会員の方からのメール — 会員 @ 23:28:46
由美子です(パソコン)

ありがとう存じます

唯先生,先程は遅くまでお邪魔いたしました。
素敵な情報を頂き、盛り上がってしまいました。

今朝、唯先生のお若い頃のお仕事の話を聞かせていただいていて、「難しい人には、その人と同じことをしといたらいいねん」とおっしゃったのが、目から鱗でした。
正直、その手があったのか…という感じです。
普通の人なら「もーあの人、かなんなー」と毛嫌いするところでしょうが、相手の懐に飛び込む感じでしょうか。

それに、お若い時から色々な創意工夫をしてこられたのがよくわかります。
やはり人間、どんな小さな事にも頭を使わなければ…その労力を惜しんではいけないなと思います。
そういう習慣が、いざという大事な時にも生きてくるのではないでしょうか。
そんな暮らしができれば、人生が、より楽しく豊かになるような気がします。

ありがとう存じます

由美子

Filed under: 会員の方からのメール — 会員 @ 17:23:38
貴美恵です。(携帯です

ありがとう存じます。

唯先生、おはようございます。
お体の調子はいかがですか。

今日から社内旅行に行って参ります。
皆が3日間無事に過ごせて、無事に帰ってこれるようにと願います。

唯先生、ありがとう存じます。

ありがとう存じます。
貴美恵

iPhoneから送信

Filed under: 会員の方からのメール — 会員 @ 6:48:23
菜穂美です(パソコン)

ありがとう存じます。

唯先生、おはようございます。
ブログを更新して戴き、ありがとう存じます。

今朝、くうとナナがそれぞれに「ザ・ネコ」座りをしていて、
どちらもしっぽは右巻きでした。
利きしっぽはないようです。

平成25年11月3日のグループ接心のMD起こしを見直しました。
『「情化する」
「情」ってね、要するに「情報」とか「なさけ」と書く方やで。
情報とか心のあれの部分やな。
それを情化させるっていうのか、情を絡ませるっていうのか。
人としてという人間の違いやろな。

でもね、動物の写真で一つあんねんけど…あの本を持ってるか?…今日ここに。
犬と子供が…子どもって赤ちゃんやで、こんな丸坊主の。
犬の顔がここにあって、子どもの顔があって。
あれ見たらわかるやろ。
何とも言えない手加減をしてる、犬の顔が。
かわいいだけやなくて、どこかでちょっと守ってるという気がする。
そういう心が自分の心の中で芽生えるかどうかっていうのが、
頭で考えたことを情化すんねん。
今言うてるみたいに損か得かっていうことだけしか考えへんと。
犬や猫でもそれができる…そんなん犬や猫やって言いそうになってんけど、
いや、損か得かって考えるのは犬や猫より人間や。
一番汚い動物は人間なんやってことや。
それはもう瞬時に考える。
考えたらあかんとかっていう問題やなくて自然に手が動いてるみたいに、
「はい、手を動かしましょう」ってロボットやないからな。
そんなこと思ってへんやろ?
脳が指令を起こしてんねんで。
別に左手動かして何やらしようとかって言ってへんけどやってんねん。
そういうふうに考えとかっていうこと考え…それこそ考えなしに動いてるという、
その動かしてるものは何かって、きっと頭やけど…指令はね。
だけど、その指令を発するのは心やろ?
難しい…禅問答みたいになるけども。
でもそういうことやないかな。

ただ、処理の仕方が「情」というものを絡ませてるかどうか。
「本当に正しいかどうか」とか、「それは誰かの為になるかどうか」とか。
自分の損得ということでない誰かの為になるかどうかとか。
だって、子供たちが言うやん、「情けは人の為ならずっ」て言ったら、
「情けかけたらその人の為になれへんねん」って、こう言ったと。
でもそうではなくて、回り回って自分に返ってくるって言ったら、
今度は「せこ〜」って言われたのと同じやと思う。
回りまわって自分に返ってくるいうたら、それはやっぱり損得考えてるわけや。
だけど、普通はする時はそんなこと考えてへんやろ?
〇さんにこないしてこれちょっとやっといたら、
あ、今度菜穂美さんがなんか言うた時してくれてこうやって返ってくる。
そんなこと考えてへんもんな。
やから、パッと手が出るかどうか。
あのね、パッと手が出るかどうか。
パッと損得勘定を考えるかと同じなんや。
全く同じなんや。
処理能力がちゃうねん。
損か得かって考えてんねんけど手が同時に出てんねん。
その時は損得やないやろ。
損得考えたら止まってるはずなんや。
「え?それって…」って、「え?それって…」って思った。
でも、人間やから損得は考えてるはずなんや。

でも、そんなこと考えんと助けてはって、今回も表彰されてるけど中国の人いたやろ?
「危ない!」とか…あの女の人が引かれたんもそうやな。
車乗ってはって、助手席にいてはったのに降りてくぐってそこに行ってはんねんで。
そんなん損得考えてたらでけへんやろ?
その人が危ない。
あのね、そんな言い方したら申し訳ないけど、
74歳ぐらいのおじいちゃんを助けるのんか、
その人は40ぐらいやったわけやから、後少なくても3、40年ある人が、
どっちが大事やって…社会的な評価で言えばやで。
そうして74はいらんという意味やなくて…っていうことやろ?

でも、その人の定めやってんやろな。
神仏さまが決めたはる。
そうすると、損得勘定より瞬間に体が出てるってことやろ?
せやから同時に考えてるけど、手は出てるっていうのんは、
助けるという思いの方が強い。
それが情というものちゃうかなと思う。
情の方が勝ったら、「危ない!」と思って、
「え?でも、この人そのまま私のとこひっくり返ってきたら」って。
だって、私お父さんの背中の服を掴んで、が〜っとつかんでて、
こっち側の手すり掴んでて、「お父さん、持ち」って言うてもやね、
こないして持てへんかったやろ。
服ば〜っと離れるし、こっちの手だって限界があるやんか。
今ほど年いってへんかったけど、別に若かってもでけへんことはあるから。
そしたら落ちる時に向こうが先落ちてんのに、もんどりうって前落ちるから、
その上にあの人が落ちてくるねん。
そんなん損得勘定とかへったくれとかってないで。』

『損得勘定とまた違うものやろな。
それは同時に考えてると思う。
人間やからわかれへんまま。
だけど、情が勝ったら手が先出るってことや。
その回数を考えてみたらいい。
私は情が濃いか、損得勘定…自分のことしか考えてへんか。
一瞬にして出ることやで、それ。
言葉で出ても態度で出ぇへんかったらあかんやろ?
どんなに言葉で尽くしても手が出ぇへんかったら意味ない。

「危ない!」って言って、「危ない!」だけやなくて走りはったわけやから。
同時にもう走ってはるわけや。
「あぁ危ない危ない!危ない!」って言って普通動けへんからな。
だって、車乗ってる…こんな近くにおったらそら分かれへんけどな。
車乗ってんねんで。
遮断機ももちろんな、下りてくるって言うてる時にドア開けて走って行ったって。

どうなんやろ…来世は…その人の来世は。
そこまでの命やと定められてた、一番見事な死に方をしはったわけやけど。
閻魔さまの前でどんな裁きが出たんやろ。
良くても悪くても閻魔さまの前に行ってんねんで、全て。
前、私言ったみたいに、きっとビデオテープで自分の一生を。
「お前はこうして最後は終わったけど、悔いはないか?」
「はい」ときっと言えたとしたら、「次の望みは叶えてやろう」
知らんで、私…閻魔さま見たことない。
でも、夢でちゃんと閻魔さん見ました、東明さんが死にかけてる時。
だから、あり得るんでしょうね。
同じ夢を2人で見ません…でしょう?
そうするとそれはあり得るんでしょう、絵空事ではなくて。

で、言ってるみたいに、そうするとあんたの答えに導くには何や言うたら、
頭で考える。
でも、「胸に手を当ててみろ」っていうのは、
それは善悪の情報を処理できるのはここやろ?…っていう表現になんのちゃうか。
「あんたの頭で考えてることぐらいわかるわ!」
とかっていうのんは人として誰だって想像できることや。
だけど、「どうすんねん」っていうのは、
胸に手を当ててみる…はその人しかでけへんことや。
どっちが勝つか。
しょっちゅう胸に…胸に手を当ててるだけではあかんねんで。
自分で納得して、「私は結構いけてる」…あほか。
「何もせんと何してんねん」って言わないかんから。

胸に手を当てる前に手が出てなあかんわな。
ものすごい難しい質問ですが。
いい答えにどれだけ導き出せたかどうか別やけど、
これはやっぱりどこかで宿題ですね。
皆の心にも宿題やし、自分自身のな。
その答えがどっかで見つかれば…見つかったりはせぇへんやろな。
だって顔が違うみたいに、答えは皆違うはずやで。
決めて来てることも違うねんで。
ただたった一つ、自分がどう生きようって決めたのかを知りたいとか、
ほんとは人間としてどう生きていくのかと思った人が集まってるだけなんや。』

私は情が薄い人間です。
そういう自分をしっかり認識するところから始めなければと思います。

唯先生、ありがとう存じます。

ありがとう存じます。

菜穂美

Filed under: 会員の方からのメール — 会員 @ 0:27:08
由美子です(パソコン)

ありがとう存じます

唯先生、朝、2階へ戻ろうとすると、おてんばゆきちゃんが、扉が開くのを隙あらばと待っていて、中々動けず困ってしまい、トム君に「ゆきちゃんが出ようとするから2階へ行かれへんねん、トム君どうしよう」と相談すると、じーっと見ていたトム君がタターっとドアの所へ来て「見とくから早よ行き」とでも言っているかのように、ゆきちゃんの前に座りました。
するとゆきちゃんはささっとタンスの下に隠れてしまい、その隙に「トム君ありがとう」と言って、ドアを開けることができました。
トム君のあの、頼りがいのある落ち着き払った威圧感と影響力。
凄いです。
私には到底猫だとは思えません。
それでも唯先生がお帰りになると、嬉しそうにはしゃいでいるので可愛いな〜と思います。

日々の私は、毎日仕事へ行くわけでもなく、行っても複雑な事は何もなく、他人との関わりもそれほど無いので、ただひたすら、日日の生活を乱れることなく決めたことをきちんとこなしていこうと、それだけを思って過ごしています。

今日、菜穂美さんが載せてくださった唯先生のお言葉にあったように、確かに身の回りが整うと気持ちが全然違います。
たまに何か忘れていると、あれ?おかしいな、と思ったり、しかし習慣化するのは中々大変で、ちょっとしたきっかけですぐに元に戻ってしまいます。
継続することは、すなはち継続できる力なのだと思えてきました。

自分を整え続けることの大切さを、改めて考えさせて頂きました。

ありがとう存じます

由美子

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