会員の方からのメール

2012/1/31 火曜日

Filed under: 会員の方からのメール — 会員 @ 23:04:17
直子です( 携帯)

ありがとう存じます。

唯先生、遅くに申し訳ありません。

明日の御奉公 御世話になりますが、宜しくお願い申し上げます。

この時期に 夫婦で御縁日に御奉公をさせて戴くことができ、本当に有難いです。何卒、宜しくお願い申し上げます。

唯先生、ありがとう存じます。

ありがとう存じます。

直子

Filed under: 会員の方からのメール — 会員 @ 23:04:04
豊弥です(携帯です)

唯先生
ありがとう存じます。
先日の実家の件、そしてケータリングとお世話になりありがとう存じました。
実家については、本来ならグループ接心でお尋ねすべき事柄ですのに、申し訳ありませんでした。お答えいただきありがとうございます。

またケータリングの際には御神酒、お大根をいただきありがとうございました。
いただいたお大根を切りながら、不意に護られているという気持ちが満ちてきて胸がいっぱいになりました。
光亮の大学進学が内定しました。初めての個人接心の日からお遍路行に至る日々を思い返すと夢のようです。神仏さまにお護りいただいたとしか考えられません。心からありがたく心から感謝申し上げます。
唯先生、ありがとう存じます。
大学では心理科学を専攻するそうです。

5日のグループ接心よろしくお願いいたします。大変申し訳ありません。今回も仕事後遅れて参加させていただくとなります。ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願い申し上げます。

ありがとう存じます。 豊弥

Filed under: 会員の方からのメール — 公子 唯 @ 21:59:42
正博です(携帯です

ありがとう存じます。
何か 気に掛かることが…
ず〜っと あなたを見て・視て・来て…
気持に引っかかってはいたのですが…
一度 個人接心…取って見ましょうか
「グループ接心」の中で話してもいい…
かなぁ…とも 思いますが 本当に何か…
考えてみましょうよね。
唯心 拝

Filed under: 会員の方からのメール — 会員 @ 21:52:42
真由美です。[携帯です

ありがとう存じます。
唯先生 こんばんは。
いつも、お護り下さいましてありがとうございます。
昨日の夜遅くにブログを見させて頂いてましたら菜穂美さんが「真由美さんのメールを読んでいると、唯先生にお会いできたことを本当に喜んでおられるのが伝わってきます。」と書いて下さってまして、思わずウルウル(涙)…
私の拙い文章でも伝わってるんだ!と思うと嬉しくなり、力も沸いて来て、またメールしたいって気持ちになります。
ありがとうございます。
こうして、唯先生にメールをさせて頂くことによって、自分の発した言葉に責任と自覚が芽生えます。
今までの私だと、自分に甘く“まぁ、これくらいでいいか〜”と適当なところでやめたりしていたのが、唯先生にお出会いさせて頂いてから“いやいやアカン!こないして、こないしたら、もっと綺麗に出来るんとちゃうか?”と同じ事をするにしても丁寧にしてる自分がいます。いろんな角度からの気づきをお教え下さり本当にありがとうございます。
また明日はご縁日です。
笑顔で“ありがとう存じます。”とお参りさせて頂きます。ありがとう存じました。
ありがとう存じます。
真由美

Filed under: 会員の方からのメール — 会員 @ 19:36:33
郁代です(パソコン)

ありがとう存じます

唯先生 おはようございます
明日のご縁日 ご奉公させて頂けることを有り難く思います。
午前中の講義が終わり次第向かわせて頂きますので1時頃の到着になってしまいますが
何卒よろしくお願い申し上げます。

そして 今 聴かせて頂いている平成21年6月21日の個人接心のMDを
今日も起こさせて頂きたいと思います。
『して来たことしか言われへんてことは違うことや
“自慢は智慧の停滞”って言うねん
そこで終わりってことや 自慢するってことは…
だって例えばな ぶわーっとあそこまで走ろうと思って
ある程度走ろうと思って走ってきた
「凄いねあんた!!」って言われたら まだ私走るよ〜ってね
こんなぐらい違うよ〜って思うやろ?
限界やと思ったときに 「偉いね〜」って言われて 偉いよ〜って思ったら
それはもう走られへんってことやろう?
行けたら行くって言わへん?
「いやいや まだまだ大丈夫よ 行くよ〜」って
「こんなぐらいと違うよ〜」って走らへん?

ほんで今日も言うててんけど3歳のときとか 初めて子どもがヨチヨチ歩いて
「うわ〜 歩いた歩いた〜」って褒めるやろ?
学校行くときに 「しんどい」って止まったら「歩け!!」って言わへん?
「何いうてるねん!!」って言うやろ?
例えば 今度 小学校になる子がいて「わ〜歯磨きできたね」って言うけど
あんたに お母さんが「歯磨き出来たね〜」って言ったらどう言う意味って思えへん?
だから  やっと立っち出来たときかけた言葉とか3歳の時の言葉とか 
小学校に行くようになったときの言葉とか違うやろ?って言ってん
神仏様に怒られるのは違って当たり前やって言ってん
出来るから言われてる…

出来ひんかったら言いはらへんて その程度やって褒めて貰えてるねんて
そういう事が分からへんで 自慢をすると
それは自慢は智慧の停滞や
そんで終わりなんや
まだ走れるのに あんたが200メートルくらい走ったところで
「郁代ちゃん偉い〜」って…「ちょっと待てよ まだ私走れるで」って
それより あそこまで走ったら何分とかって言うて欲しいわって思わへん?
「そう!!」って止まったら終わりやろ?
そう言うことなんやと思うって私は言ってん
だから「出来ても褒めてくれへん」って私の友達でもみんな言った

他のことも言ってんで私
例えば 人生の中で 誰に出会って 誰かがちょっと後ろを押してくれた
あの人の一言があったから この仕事に変わったとか 
こんなことが出来たって いっぱいある…
でも その人と続いているかって そんなもんと違うやろ?
人生の旅路の中で 誰かに出会って声をかけられたり 
ちょっとしゃがんでたら ちょっと誰かが何かしてくれた 
もちろん自分だって 誰かにしてきたか分からへん…
で まだ歩いていくねん 「私は あの人にこうしてあげた」って
「こうやってあげた」って言ってたら 進んで行かれへんやろ?

その人指さして そんなこ言うてる時とちがうやろ?って思う…
もちろん 私だって自分でやってきたって思ってる
だけど その度毎に誰かがちょっと後ろを押してくれたり… 誰かが…
それを私が文章で書いてきた それをあの人が読みはってんな
「会員さんの言葉で自分が助けられ そうして 自分で立ち上がって来られた」って
言うことはそうい言うことなんや そんなことがあるからや
それが誰やって言うのんと違うねん それが誰々やった!!って恩に着せることと違うわな
で それは してあげたと違うねん

知らんと やってるやろ?
「今年もよろしくお願いします」って書いてあっただけや
でも 私にとって 入金してくれはったのに 会報作らんとあかんわって思うことに繋がった
もういいって言う自分もいたけど お金貰ったら せんとあかんと思う…
そういうことに繋がって行くってことなんやけど
それが分からへんと違うことに変わる…
そやから 自慢は智慧の停滞ですってことやな

私はこう出来たって 3歳の子と競争しても面白ないやろ?
「私ね 走ってね3歳の子に勝ってん!!」って
あんた冗談か?それともほんまにアホか?ってなるやろ
「腕相撲して勝ってん!!」ってハイハイって思わへん?
真剣にやっても負けたるやろ?
「わぁ凄いって うわ〜 お姉ちゃん負けた〜」って言うやろ?
「ほら勝ったー」って言ったら可愛くも何ともないわなぁ?
勝つの当たり前やもんなぁ…?

だけど そのとき勝ったと思っても 歳いったときに
負けてくれたんやって分かるやろ
「僕 ずっと勝ってきてん」っと思って来たけど あんなん勝ったんと違うわな?
そうやって 自分が大きくなるごとに そうやって花を持たせてくれてんとかって
褒めて貰ってんって皆思う…ってことは 次の人にもしてあげなかんって思うことやろ
それやのに自慢してもたら それは終わるってことやと思うねん
歳に合わせた自分の働きがある…
それが出来てこそ 当然やと… 神仏様は思ってらっしゃる
だからお叱りを受ける…
やれてなかったら やれてないって
それは 怒ってはるのやなく 前へ進めるための助言が入るってことを
忘れたらあかんって私は思う…
そういう事です!!
「ありがとう存じます」』

自慢は智慧の停滞…
自分はそんなつもりでなくても つい 出来た〜なんて言ってしまっているかもしれません
でも それで終わってしまうと言うこと…
恐ろしいです それこそ限界を作ってしまうことにもなります。
褒めて貰ったら終わりと言うことも 忘れてはならないですし
育てられる中で 親や家族にいっぱい褒めて貰っても来ました
そして 何より唯先生のお教えによって 私はお陰様でやって来られました
また お声をかけて下さる方 一押しも二押しも
後押し下さる方が私の身近にはいて下さっています。
だからこそ 誰かに役に立つ私でなければと
自然に出来るようにと思います。 

本日も 大切なお言葉を頂き ありがとう存じます。
ありがとう存じました。
                   郁代

Filed under: 会員の方からのメール — 会員 @ 17:14:16
章生です( 携帯)

ありがとう存じます。

明日、御奉公に伺わせていただきますのでよろしくお願い申し上げます。

既に妻よりメールさせていただいておりますが、実父の身体の異変をお知らせいただき、大難を少難に治めていただきましてありがとうございました。

詳しいことは来月の検査を受けてからではありますが、本人は至って元気にしております。今回は、父親も入院を覚悟していただけに、喜びも一潮であったことを聞き、ありがたい事であると感謝いたしております。

また、妻が率先して実家に足を運び、行動してくれましたので両親も安心しておる様が見てとれ、家内安全に繋がっております事も重ねて感謝いたしております。

私自身、小さくなっていただけにしっかりしなければいけないと再度気を引き締めて参ります。

ありがとう存じます。

章生

Filed under: 会員の方からのメール — 会員 @ 17:13:34
龍太です。携帯です。

ありがとう存じます。

明日から新しい職場で働きます。
新たな職場はやはり緊張と不安でいっぱいです…。
もう、二度と同じ過ちを繰り返さないよう前を向いて頑張ってまいります。

ありがとう存じます。

龍太

Filed under: 会員の方からのメール — 会員 @ 9:33:56
菜穂美です(パソコ

ありがとう存じます。

唯先生、おはようございます。
明日のご奉公、何卒よろしくお願い申し上げます。

平成13年8月28日の会報を読みました。
『 I先生や「永久会員」の方に 仏画と念珠を…と お話させて頂いて
で…と 申し上げ かけたら
「私にもぜひ…ぜひお願いします お迎えさせて…頂かせて下さい」と…
でも でも それは あまりにも失礼…なのでは…と
口ごもり…ためらい…つつ
老師に押し切られ…描き…祈願を させて頂いたのです
その結果…長〜い 長〜い お手紙を…(頂きました)
それを投函…でも 届くまで待てず 気が済まず…と お電話も…

「“何事も 有り難い 感謝 合掌 お陰さまで…の”日々ですが
いろんな方のお陰で 自身が生かされている…と
もうこれ以上思えないほどの思いで 生きていましたのに
まだまだ足りない…と そんな思い…を させて頂きました

「祈願念珠」の“こより”を 解(ほど)いていたら…
「南無妙法連華経」の文字と 私の名前…そして「心願成就」の文字…
「みほとけ」の背(うしろ)にも 私の名前に「ご守護」…と
私のために…たったひとりの私の為に 祈って下さった方がある…
私のために念(おもい)を込めて…21 日間も…祈って頂いた…

自分の名前の…文字をなぞりながら「母に甘えていた日の…遠い日の」
あの柔らかく暖かい 安心に満ちていた安らぎが 胸いっぱいに
広がって…自然に涙があふれて…もう何年も…何十年も…泣くとか…涙…とか
忘れて生きていた…来た…こと 心が乾いていた…のも 知りました
泣きながら…嬉しくて 嬉しくて 心からの笑顔になっている私を
優しい顔で見つめている「母」を見ました 感じました

『唯の部屋』に来られる方は よく涙を流される 泣かれることがある…
と いうのが分かります 「涙は心を浄化させます」と おっしゃる意味も…
泣きながら 何も知らない自分(わたくし)がそこにいた…のです
長く生きていれば 生きて来たから 偉い…のではない…とも
何を感じているのか その向こうは……
あなたの文書や 言葉を思い出しました
あなたの文書や 言葉に現れる……神仏(かみ) その向こうにあるもの…
本当に分かっているのか…と…(ここで大阪流の突っ込みを入れると…)

書いている私も 分からない…信じられない時もある…のに……
丁寧なお礼のお手紙…こんな偉い方…ですら 生き方考え方の点検(チェック)を 忘れず…おられるのに…と
だからこそ 言い続け 書き続けろと…
私自身が 又 教えられ 叱られ…た 思い…でした』

この会報のお話は昨日の郁代さんのメールの内容と重なるように思いました。
老師のような偉い方でも、大きなもので包まれ、母を感じられることで安心を得られる。

そしてその時、心が解放され、思いきり泣くことができる。
泣くことができると、知らない間に溜まっていた心の老廃物が押し流され、まっさらな自分になれる。

私は唯先生のおそばにいると大きな安心感を得られます。
大人になった今、もう母に抱かれることはありませんが、幼いころに感じた母のぬくもりを心が思い出すのかもしれません。
もしかするともっと昔の母の胎内にいたころの感覚を蘇らせているのかもしれないとも思いました。

私は年齢的にはもう大人ですが、そんな私でも母に全身を預けて体の力を抜け切らせる時間を求めているのだということがわかりました。
唯先生はそういう母という存在であり、場所でいてくださっているのですね。

『私はお空に浮かぶ大きな大きな真っ白の雲になりたい。
上からずっと見ててね、悲しくてつぶれそうな時。
辛くて、生きているのが辛くて死にたい時、胸がいっぱいになった時。
ふわーっとこうして抱えてあげてね、胸にしっかりと抱きとめて、「大丈夫やで…」って…

そうすると、思いっきり泣いたり、その中でしっかり寝たり、大空の上で、ふわふわとした白い雲の中で…で、「はぁっー」と大きなあくびして、「うん、もう大丈夫!」と思ったら、そぉっと降ろしてあげて、「がんばれ。」って押してあげたら。
辛くなったらお空を見て、「あ、見ててくれる。」って思ったら…
「もうちょっとだけ、もうちょっとだけがんばろう。もうちょっとだけ前に進もう。どうしてもだめやったらあの雲が手を差し伸べてくれる。」
と思えたら、人は生きられます。(平成20年3月のミーティング)』

心を休ませられる唯先生という場所があることを本当に有難く思います。
そうやって休ませて戴いた後は、真の大人になれるよう、精進を重ねなければと思います。

唯先生、ありがとう存じます。

ありがとう存じます。

菜穂美

Filed under: 会員の方からのメール — 会員 @ 9:30:24
貴美恵です。(携帯

ありがとう存じます。

唯先生、おはようございます。
今朝MDのスタートボタンを押して5秒ほどして仰ったお言葉がど真ん中のお答えでした。
「人のせいにしてるってことは すでに感謝がないな。」
昨日寝る前に「私じゃなくて お母さんでしょ。」と思うことがあり、
でも元を辿れば私がこうしておけばよかったのかも…と考えていて、
何かすっきりしなかったのですが、私の中に「感謝」がないことを教えて頂き、
「感謝」がないのはいけないのですが 気持ちはすっきりしました。
本当に全ては自分と感じました。

このお言葉をもう一度お聞きしたいとMDを巻き戻して聞いていると
「まず身内ありきやから、家族にできてこそ 誰かにできる。私ね、もうひとつね…、
昨日言うててんけど、最初に地球が…、まず自然ありき、そして諸々の命ありき、
その中でちょっとだけ進化した命ありき、それが私達なんや。その進化したと
思ってる私達が100%全部どうかできると思ってる、それがすでに崩壊の始まりやろな。
だからそういうことに、一番最初に何があったんか。
あんた達が秩序やとか順番やとか思うねんやったら そう考えてみろって思う。
「ありがとう」って気持ちが全てのものにあったら
それは言葉が変わる、態度が変わる、丁寧に扱う、だって大事やから…。」
と仰っていて、今年の最初の接心で母に…と仰って頂いたことを思いました。

唯先生、MDから先生のお声を聞かせて頂けることが本当に有り難いです。

本日もどうぞ宜しくお願い致します。
ありがとう存じます。
貴美恵

Filed under: 会員の方からのメール — 会員 @ 8:43:32
京子です(パソコン)

ありがとう存じます。

仕事を終えて夕方ブログを開き、郁代さんのメールを読んで胸がいっぱいになりました。

読みながら私自身が唯先生に出逢えた時に感じたなんともいえない大きな安堵感や、夫にも唯先生に出逢わせてあげたいと願っていたあの頃の気持ちを思い出しました。
それは昨日の妹のメールの中の「何にも頼らんと生きるから強いのではないんです。頼るものを見つけられるってことは強くなれるってことです」「何があっても大丈夫に繋がる。何があっても大丈夫なものを自分の手の中に入れてるか。」というお話にも繋がります。

先日のグループ接心で私の進むべき道を指し示していただき、私の中で色んな事が形として見え始めたこのタイミングに郁代さんがこのMDを選んで下さったのもただの偶然では無いような気がすると同時に、海外出張中の滞在先で夫が一人真夜中に会報を読んだことも偶然ではなく、神仏様が与えて下さった貴重な時間だったのだと思うと「すべての事は仕組まれている」とおっしゃった唯先生の御言葉が心に浮かんできます。

この大切な時期に本来ならば私が聴くことが出来なかった郁代さんの個人接心でのお話を巡り巡って読ませていただき、こうして原点に立ち返らせていただけることを心から有難いと思いつつ、私自身がもう一度初心に還ることが必要な時期に差し掛かっているのだと感じています。

また、郁代さんのメールを読みながら夫婦として、親子として、兄弟姉妹として、友人として、様々な形で沢山の人たちと出逢っている事も全てが私たちの目に見えない意識のずーっと深いところで繋がっているという事を感じました。
私たちは自分一人で立っているようなつもりでも実はみんなが地球の一部として繋がっているのだとしたら自分だけでなく他を想い、他の為に生きるという生き方が自然の摂理に適っているのだろうなと思います。

そしてそのことに気付かせて下さる唯先生と言う方に出逢えているという事、それは本当に特別な出逢いです。
この出逢いを無駄にしない様、残された時間を大切に、唯先生の御話をしっかり心に刻みたいと思います。そして私が繋がらせていただいている全てのご縁を大切にしていきたいと思います。
唯先生のご指導を頂いている私たちがやがて他の誰かの心に基地になれるように、ふんわり受け止めてお話を聴いて差し上げられる私たちになれるように積み重ねていきたいと思います。

ありがとう存じます。

京子

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